52歳で脱サラ就農。 「疎植農法」で未来を切り拓く。

52歳で脱サラ就農。
「疎植農法」で未来を切り拓く。

労働時間の短縮や生産コストの低減につながる栽培技術として知られている「疎植栽培」。大成農業サービス代表取締役社長・鈴木義則さんは、そのメリットにいち早く着目し、約20年前から研究を積み重ねてきた日本の疎植栽培のパイオニアだ。

鈴木義則|YOSHINORI SUZUKI

1956年、福島県生まれ。
株式会社大成農業サービスの代表。
福島ヰセキ販売株式会社(現在の株式会社ヰセキ東北)に勤務していた頃、株の間隔を広めて栽培する「疎植栽培」と出会う。より健康で丈夫な稲を育てるために有益だと考え、社内で疎植栽培できる農機具の開発を提案し、他社に先駆けて田植え機を販売。18年ほど前から知人の農家さんから後継者相談されるようになり、自分でも受け皿になれるならと52歳で早期退職し、2009年に株式会社大成農業サービスを設立。また「疎植研究会」を立ち上げ、これまで培ってきた自身のノウハウの全てを県内外の関係者に伝え、広めている。

疎植栽培でなければ、これだけの規模拡大は不可能だった

──鈴木さんが長年取り組んでいる「疎植栽培」とは、どのような農法なのでしょうか?

鈴木さん:簡単に言うと、株の間隔を広くして、1坪あたりの株数を少なくする栽培方法です。慣行栽培の株間が16~18cmなのに対して、疎植栽培はおよそ30cmまで広げて作付けするため、慣行と同等の収量と品質を確保しながら、播種から田植えまでの労力と育苗コストを半減することができます。

──そもそも鈴木さんと疎植栽培の出会いは?

鈴木さん:20年くらい前だったと思います。その頃、ヰセキ農機の販売店で働いていたのですが、たまたま休耕田に流れた苗がものすごい太茎に育っているのに気づいたんです。それを見て、当時主流だった密植ではなく、株の周囲に充分なスペースを確保することで、より健康で丈夫な稲が育つのではないかと考え、ヰセキにそういった田植えができる機械の開発を提案したんです。

──ヰセキ農機は他社に先駆けて疎植栽培に対応した田植機を開発されましたが、そのきっかけは鈴木さんの提案だったんですね。そこから、どのような経緯で鈴木さん自身も稲作を始めることになったんですか?

鈴木さん:ヰセキ農機時代に、お付き合いのある高齢の農家さんと話をするなかで、うちの作業をお願いできないか、田んぼをそのまま引き継いでくれないかと、お願いされることがたびたびあったんです。だったら、疎植栽培に関するノウハウもあることだし、そういう人たちの受け皿になるのもいいかなと思って今から12年前、52歳のときに農業を始めました。

──就農当初と現在の作付面積を教えてください。

鈴木さん:1年目はヰセキ農機の代理店になって農機の販売も行っていたので、4haからのスタートでした。そこから毎年、少しずつ規模を拡大していって、現在は自作が65 ha、作業請負が35ha。2020年は、さらに7haほど増やす予定です。

──順調に規模を拡大できたのは、初年度から疎植栽培を導入したからとお考えでしょうか?

鈴木さん:もちろんです。疎植栽培でなければ、ここまでの規模にはなっていなかったと思います。通常は1反あたり20~25枚の苗箱を使用するところ、疎植であれば収量はほぼ変わらず、10枚前後で足りるわけですから。育苗ハウスや苗箱などの資材の負担も少ないですし、限られた人数でそれだけの農地を管理するのは、疎植じゃなかったら絶対に出来ません。

「疎植研究会」を立ち上げ、疎植栽培の普及に尽力

疎植栽培という農法をさらに発展させたいと思いと、いずれは稲作のスタンダードになると考えた鈴木さんは、その実践的な知識とノウハウを蓄積すべく、自らが中心となって「疎植研究会」を立ち上げた。

──鈴木さんが主宰されている「疎植研究会」について教えてください。

鈴木さん:ヰセキ農機時代に私が立ち上げた、疎植栽培についての研究と普及活動を行なっている団体です。ちょうど疎植栽培に対応した田植機が発売された年にスタートしたので、今年で約20年目になります。

──現在の会員数は?

鈴木さん:会員数は大体70名ほどですね。最初は会津の農家が中心でしたが、今では浜通りや中通りからも参加されている方がいます。

──研究会では、どのような活動を行われているのですか?

鈴木さん:主な活動としては、3月、7月、9月に実施している年3回の会合があります。3月には前年度の食味の検定結果をもとにした反省会とその年の目標設定を行い、7月と9月には穂肥に関する圃場研修を実施します。疎植栽培は環境や品種によって栽培のノウハウが違うので、初めて方でも安心して疎植に挑戦できるようにそれぞれの条件に応じた指導やサポートを行なっています。また、毎年すべての会員が作ったお米の食味値をデータ化したり、疎植に最適な独自の鶏糞を考案したり、食味や収量の向上に向けた取り組みにも力を入れています。

疎植栽培は省力化と低コストにつながり、米作りの課題を解決する

就農から12年目を迎えた今なお、農作業のさらなる効率化や儲かる米作りを目指して、貪欲に学び、愚直な努力を一切惜しまない鈴木さん。これからの日本の稲作を語るとき、若い農家にばかりスポットが当たりがちだが、ベテラン就農者である彼もまた、間違いなく農業の新たな可能性を切り拓く、お米未来人のひとりだ。

──大成農業として、今後、挑戦しようと考えていることはありますか?

鈴木さん:飼料用米の直播栽培に力を入れたいと思っています。まだまだ試行錯誤の段階ですが、2019年は8町だったのを今年はもっと増やす予定です。

──10年前に次男の育大さんが異業種から大成農業サービスに転職され、今では現場の多くの作業を任されています。育大さんに継承できたことも、規模拡大の大きな力となっているのではないですか?

鈴木さん:そうですね。52歳でサラリーマンを辞めた時は、息子が農業を継いでくれるとは全く想定していませんでした。まずは儲かる仕組みが作れないと無理だろうと思っていましたが、農業法人を設立し、ようやく任せる準備が整いました。

育大さん:僕自身は「農家」と「農業」は違うと思っています。ですので、自分も農家を継いだわけではなく、農業法人に就職したという気持ちで大成農業サービスに入社しました。最初は考え方の違いで社長ともよく対立しましたが、今の時代に合った働き方なども理解してもらい、多くの仕事を任せてもらえるようになったことで、徐々に責任感が芽生えてきてようやく農業が面白くなってきました。稲作は春と秋が忙しく、子供の行事に参加できないことも多いですが、普通のサラリーマンよりは自由が利くというメリットもありますしね。農地を拡大すれば、収入も安定するので、個人的にも農業には未来を感じています。

──これからも二人三脚で、新しいことにチャレンジされるわけですね。

鈴木さん:米作りは、絶対にこれが正しいという答えがない仕事です。だからこそ、最先端の栽培を常に勉強したいと思っています。疎植や直播に限らず、少しでも良くなる可能性があるものは、とりあえず試してみる。そして、自分の目で良い悪いを判断する。ずっとそうやってきましたし、これからもその姿勢は変えずにいたいです。

編集後記
これまで10年近くにわたって積み上げてきたノウハウと成功事例を、惜しみなくオープンにする鈴木さん。疎植栽培を広く普及させ、次世代への継承を目指すその取り組みの根底には、日本の農業をより良くしたいという強い思いがありました。

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