米作りは、人づくり 改善を楽しむ農業経営

米作りは、人づくり
改善を楽しむ農業経営

『Exciting Agriculture』を社是に掲げている滋賀県の株式会社イカリファーム。代表の井狩篤士さんは、滋賀県立大学農学部を卒業後、実家の家業であった農業を継ぐことに。「公務員を目指していたんですけどね」と笑ったが、父親が営んでいた農業には改善の余地がたくさんあることに気がつき「もっとやれることがあるはず!」と経営の基本に立ち返り収益アップを模索し続けた。2008年には法人化し、代表に就任。いまだに離職者をひとりも出していないという驚きの経営スタイルと、井狩さんの稲作への熱い思いを伺った。

 

 

井狩篤士|ASTUSHI IKARI

1978年、滋賀県生まれ。

株式会社イカリファームの代表取締役。大学卒業後、父親のもとに就農。もともと数字が好きな性格だったことから、就農後に売上を上げることが楽しくなり、収益も拡大。2008年からは法人化し、現在の従業員は9名。米を87ha、麦を70ha、大豆を72ha栽培しながら、作業受託も請負っている。栽培した小麦は学校給食に卸したり、イカリファームが手掛けるコシヒカリの改良系統「しきゆたか」はふるさと納税品としても大人気で、地域内外からも注目を集めている今話題のお米未来人だ。

「人」が何よりの財産。法人化以降、ひとりも離職者はいない

本当は公務員になりたかったという井狩さん。就農後「儲からない」と嘆く父親のやり方を徹底的に見直し「儲かる農業」の仕組みづくりに取り組んだ。そこから面白さを見出し、収益を増やし、収納当時2001年30haだった農地が、2008年に法人化する頃には約2倍もの広さになっていた。2020年現在、従業員は9名だが誰ひとり離職者を出していないという。

──井狩さんが就農するきっかけを教えてください。

井狩篤士さん(以下、井狩さん):大学の農学部を卒業後、本当は公務員になりたかったんです。でもちょうど就職氷河期と言われた時代で、ニートが増え始めた世代でした。僕も落ちこぼれというか(笑)、家を継がざるを得ない状況になって「逃げ」からの就農だったんです。

──今の井狩さんを見ていると意外なきっかけですね。農業をやりたい! という気持ちで就農されたのかと思っていました。

井狩さん:子どもの頃から父親が「儲からない」と言ってイライラしている姿も見ていたので、農業へポジティブな気持ちはなかったんですが、実際に入ってみたら「おかしいやん!」と思うようなことの連続で。父親は決算書も見ていなかったので、僕が税理士さんと話し合いをしながら、どうやったら利益を上げられるか、どうしたら面積あたりの利益を最大化できるか、と考えていったらどんどん面白くなってきたんです。理系だったので、数字が好きだったというのもあるのかな? と。

──収益化していくために、参考にしたことなどはあったのですか?

井狩さん:とくにコレというのはありませんでした。試行錯誤しながらですが、とにかく基本の基本である「売上」から「経費」を引いた「収益」をいかに増やすか、無駄を省いて経費を下げて、マイナスを出さないようにしたんです。面積あたりの利益を分析し、それを最大化することで改善してきました。

──根気強い……。その成果もあり、就農からたった7年で法人化され、今では従業員さんも抱える会社となっていますが、もともと法人化は目指されていたんですか?

井狩さん:目指してはいなくて、「法人化せざるを得ない」状況になったというのが近いかもしれませんね。

──確かに人を雇用するというのはある種「経費」も増えてしまいますからね。雇用する時に心がけていることなどはありますか?

井狩さん:僕は農業も『ヒト・モノ・カネ』だと思っていて、何よりも「ヒト」が大切であると考えています。おかげさまで、イカリファームの離職者はゼロ。社員のみんなにも会社がお金を負担するから積極的に資格(フォークリフトやラジコンヘリ、各種免許の補助など)を取得するように促したりしているんです。新人の子にも1500万円近くするトラクターを「やってごらん」ってすぐ使わせるんです(笑)。

──それはかなりドキドキしちゃいますね!

「じゃ、まずは雑用から」ってなりがちなんですけど、雑用では成長はしません。1日でも早く一人前のプロになって欲しいし、力を発揮してもらった方が直接成果につながるんですよね。採用する際には、他業種からの応募も多いのですが、時間をかけて面談を繰り返しながら同じベクトルを向いている人だけをメンバーに加えています。経験や学歴では判断していません。

社是『Exciting Agriculture』に込めた想い

法人化し、2年目にトヨタ自動車の豊作計画という農業ICTツールを導入したことで農業界の問題を可視化できたそう。農業が抱えていた問題や課題はなんだったのか。

──同じベクトルを向いているというのは大切なことですよね。社員教育で特に力を入れていることはどんなことでしょうか?

井狩さん:先ほども話しましたが、一番は短期間でプロに育成するということですね。通常5年かかるところを2.5年でやっちゃう。口で言うのは簡単ですが、実際にやるのは大変ですよ(笑)。でもうちの社員は本当に素晴らしくて、自分たちから率先してMTGをしてくれたり、改善案を考えてくれたり、行動してくれます。奥さんがもともと小学校の教員だったと言うこともあって、雰囲気作りがうまいのもあるのですが、僕たちがやるべきことは決まっているので、誰かからの指示を待つことなく、考えて仕事をしてくれる社員がいるというのは心強いです。

──素晴らしい! 何かきっかけになるようなことがあったのでしょうか?

井狩さん:法人化2年目くらいに、トヨタ自動車さんの、生産管理ツール「豊作計画」の開発時にモデル農家としてお手伝いする機会ありました。その中で自分の価値観はもちろん、社員の心がけが変わったと言うのは大きかったと思います。トヨタさんってとにかく無駄を省いていくので、僕が処分したくても父親が「いつか使う」とか「買ったら500万円するぞ!」と使わないのに取って置いてある農機具を「半年間ならここに置いてもいいですが、使わないようだったら処分しますからね」と促してくれたり(笑)、倉庫内の移動の一歩にまでこだわってどうやったら効率的で生産工程がスムーズにいくか指摘やアイデアをたくさんくれたので、父親をはじめ社員たちが積極的に取り組んでくれたように思いますね。トヨタさんに農業界の常識を打破してもらえたというか、無駄を省けばこんなに変わるのか! というのを社員のみんなで体験できたのが大きかったと思います。

──プラスになる部分がとても大きかったんですね。無駄を省くことで効率化はされますが、イカリファームさんの社是は『Exciting Agriculture』でしたよね? この社是と効率化は反対のところにいるような感じもするのですが。

井狩さん:農業って長期継続産業なので、効率化だけを求めるとロボットみたいな働き方になってしまうんですよね。そうなるとどんどん疲弊してしまうし、農業は機械だけではできません。やっぱり『ヒト・モノ・カネ』に立ち返って、人が大事だなと感じたんです。では、どうやったら長期継続産業としてやっていけるか? と考えると、「楽しさ」にたどり着きます。自分自身もそうなんですが、振り返ってみると楽しいことはちゃんと続いているんですよね。なので社是は『Exciting Agriculture』にして、『わくわく創生 ずんずん前進  こつこつ改善 とことん楽しく』という副題もつけて、社員と共有したんです。社員にも賛同してもらえて、何か悩みがあった時にもこの『Exciting Agriculture』に立ち返って、今は「楽しめているか?」という軸で考えられるので、社員の悩みも改善しやすくなりました。

農業には忍耐力も必要。楽しみながらも、コツコツと。

法人化してしばらくすると、成果を出し続けるイカリファームに世間から注目が集まるようになる。メディアに露出したことが地域の農業者からよく見られないこともあったそうだ。「何も悪いことはしていないのに…」と悩んだが、今は地域の農業者とも農業技術のシェアをするなど建設的な関係を築けるようになったそう。これからについても伺った。

──これからの目標があれば教えてください。

井狩さん:何があっても潰れない会社にするのが個人的な目標ですね。いかに継続できるか、最適化されているか、無理していないかを考えながら、堅実に進んでいきたいです(笑)。

──真面目ですね!(笑)

井狩さん:ありがとうございます(笑)。余裕がないと人って育てられないんですよね。実は、ひとりで150%くらいのマンパワーでやってやる! と頑張っていたときもあったんです。けれど、自分が欠けてしまったら何にも残らないじゃないですか。ひとりが80%くらいの力を持ち寄って、お互いをカバーしあいながら仕事をできる環境が一番ちょうどいいと気がついたんです。やっぱり農業は長期継続産業だし、規模を広げればその分儲かるというものでもない。稼げない人は1haだろうが、100haだろうが稼げないんですよ。

──なるほど。

井狩さん:バランスよく営農することもポイントで、規模ではありません。特に『ヒト』が大切だと何度も言ってきましたが、規模を広げよう! 儲けよう! って機械貧乏になってしまう経営者もいるんですよね。イカリファームでは「やる仕事」「やらない仕事」を決めていて、例えば物流に関して最初は「やらない仕事」として外部に委託していましたが、在庫を抱えるためだけに倉庫を作るなら物流もトラックを買って内製化して「やる仕事」にしてしまった方が物流の滞留が起こらず、ジャストインタイムになるので無駄がないし安くなると思ったんです。農業って、既成概念と固定概念の塊が強い業種なので、それを払拭してやる意味のないこと、作業工程の無駄を見直ししながら、市場のニーズに合わせた農業にしていきたいですね。

── 農業界にはまだまだ「儲からない」とか「よそ者に厳しい」とか「細かい数字は見ない」とかにが〜い固定概念が蔓延していますからね。明るく楽しい農業をイカリファームさんに期待してしまいます(笑)。最後に、これから稲作にチャレンジしてみたい! という方へメッセージをいただけますか?

井狩さん:難しいですね(笑)。あえて言うなら「忍耐」かな。稲作における「忍耐」ってちょっと毛色が違うんですよ。

──どんな「忍耐」なのでしょうか?

井狩さん:水耕栽培とかはサイクル早いので軌道修正はしやすい方ですが、穀物って結果が出るまで1年かかるんですよ。すぐにフィードバックを得られないので「あ〜こうすればよかった!」と軌道修正できるのは一年に一度だけ。あきらめない忍耐力が大事なので、探究心と相当な忍耐力が必要なんです。あと、これから稲作にチャレンジしたいと言う方は、数字にも強くなって欲しいですね。わかれば楽しいですから! 農業の固定概念を捨てて、視野を広げて、コツコツ楽しく農業に取り組める人が増えてくれると嬉しいです。

編集後記

イカリファームさんで育てたお米は、ふるさと納税のお米部門で2位に輝くほど大人気。リピーターも多く、今後は農家だからこそできる直販にも挑戦してみたいと考えているそうだ。井狩さんの周りではいつも笑顔が絶えないことが取材をしていても伝わってきた。どんな困難も困難だと思わず、「どこかに解決できる鍵がある」と根気強く探し続け、最後にはみんなが笑顔になるところへたどり着く。そんな農業がもっと広がって欲しいと感じた。

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