美味しさのカギは「堆肥から始まる土づくり」 親子二代で守り育てる、循環型農業

美味しさのカギは「堆肥から始まる土づくり」
親子二代で守り育てる、循環型農業

自然豊かな鳥取県八頭町で米、白ネギ、大豆などを栽培している有限会社 田中農場。クラウドファンディングで300万円の支援を集めたり、カレー専用米「プリンセスかおり」というユニークなお米を栽培していたりするが、稲作の中心にあるものは「土」だ。元々、養豚を営んでいた父が1980年に始めた田中農場は「堆肥から始まる土づくり」を掲げ、循環型農業を実践している。二代目を引き継いだ田中 里志さんに土づくりとこれからの稲作について伺った。

田中 里志|SATOSHI TANAKA

1978年、鳥取県生まれ。

幼い頃から田んぼの石拾いなど家業を手伝うことが楽しく「卒業したらここで働きたい」と思うように。農業高校を卒業後、北海道帯広市にある個人の酪農家さんに住み込みで農業研修をするが、このエリアには水田がなかったという。米農家なのに……と周りから言われたが、「堆肥から始まる土づくり」を掲げる田中農場にとって、畜産部分を把握しておくことは土づくりを知る上で重要だった。2000年に入社し、循環型農業を体現しながら、この20年で約2倍にまで経営面積を広げてきた。現在は父親が会長、田中 里志さんが代表として経営を任されている。

1980年から「土づくり」の重要性と「自主流通米」を貫いた父

幼い頃から農業が好きだったと語る田中さん。1980年に現会長である父親が有限会社 田中農場を設立し、養豚業から米づくりに移行。「食べて美味しいと実感できる米」を作りたいと、自主的な流通にこだわった経営を始めた。その当時、小学生だった田中さんも自宅にかかってくるお米の注文電話に対応した記憶が残っているのだとか。

──田中さんが就農するきっかけを教えてください。

田中 里志さん(以下、田中さん):中学生くらいで進路を考え出した時、幼い頃から家業を手伝っていたので「いつか田中農場で働きたい」って気持ちがあったんですよね。特に親から「継いでほしい」とは言われませんでしたが、高校を卒業したらここで働きたいと両親に伝えたら、父親の出身校である全寮制の農業高校に進んでみたらどうか?と言われて。それも楽しそうだなと進学を決めました。

──なんだかとってもスムーズな就農ですね。高校を卒業して、すぐに入社されたんですか?

田中さん:農業研修を経て、2000年に入社しました。本当になんとなくなんですけど、北海道に行きたいな〜と思っていて。バイクも好きだったので(笑)。取引先を通じて帯広市の酪農家さんをご紹介いただき、住み込みで研修させてもらいました。

──稲作農家ではなく、酪農家さんのところに行かれたんですね。

田中さん:この地域は畑作地帯だったので、周りの人からも「米農家なのに勉強になるの?」って言われたこともありました。でも、父親が会社を作った当時から掲げていた「堆肥から始まる土づくり」をしっかり勉強させてもらえたし、大規模農業の感覚をしっかり肌で体験できたというのはとても貴重な経験になりました。父親も畜産(養豚業)からスタートしたという背景もあったので、堆肥を使って味の良い作物ができるって経験として知っていたんだと思います。あと「農業は循環させるものだ」って言葉ではわかっていても、経験のアリ・ナシでは理解度が違いますから。

  • ※ポット苗とは、1株ずつ植えるのでマット苗とは違って根を切らないので活着が早く、強い稲が育つを言われています。専用の田植え機が必要。

  • ※田中農場さんでは、30センチも深耕をしています。

──土づくりの根本をしっかり理解させるための研修だったんですね。お父様が築いてきた「土」へのこだわりは田中さんにも受け継がれていますか?

田中さん:父親が築いた「堆肥をベースとした、化学肥料や農薬を極力使用しない栽培法」は今でも実践しています。やっぱり土がいいと作物が美味しいんですよね。私たちの場合、土は30cmくらい深く耕します。昭和40年代の基盤整備の痕跡で、大きな石が出てきたり、古い電柱の切れ端が埋まってたりするので、深く耕すことは手間しかないんですけど、これによって元気で健全な稲を育てられるんです。人間も、基礎体力がない人はサプリや薬だけで元気になるのは難しいですよね? 基礎体力が土の部分なので、まずは「土」というこだわりは変わっていません。あと「苗」も、ポット苗で栽培しています。これまた手間がかかるんですけど(笑)、美味しさの観点から考えると変えられませんね。

──農機具も高額ですし、ポット苗を選択するのは想像しただけでも手間がかかるのが分かります。

田中さん:そうですね。あと「美味しい米」のために、籾保管をしています。注文いただいてから籾ずりして玄米から精米しているんですけど、これは鳥取県の湿潤な気候だからできる保管方法かもしれませんね。手間をかけて美味しいお米を育てて、それを美味しく保管できる場所だったからこそ、父親も自主的な流通にこだわったんだと思います。普通に卸してしまうと、これだけ苦労して育てても見た目だけの判断で金額を決められてしまいます。父親は「こだわって生産したお米の食味と品質を評価してもらえるお客様へ直接お届けしたいと言う想いが強くなり直接販売に舵を切った」という想いが強かったんでしょう。今思えば、40年近く前にそんなことをしていたんで、不届きもの扱いだったかもしれませんね(笑)。

もっと多くの人に「美味しさ」を届けたい

手間をかけて育ててきた米をもっと多くの人に食べてもらいたい! そんな思いから、昨年ECサイトを立ち上げた。元々、業販9割:個人1割ほどの売り上げ規模だったというが、少しずつECでの売り上げも伸びてきているという。

──お父様の熱い思いを繋がれた観点から、昨年ECサイトを立ち上げられたそうですね。今まで届かなかった方に届いているような実感はありますか?

田中さん:うちの売り上げ比率で言うと、ECサイトを始める前は、業販9割:個人1割と個人の方にはまだまだ届いていないという感覚でした。たまたま展示会で知り合った鳥取県の会社さんと一緒に昨年5月、ECサイトを立ち上げることにしました。おかげさまで少しずつ売り上げも伸びてきて、キャンペーンを行ったり、先日はスマート農業化に向けたドローン購入のクラウドファンディングも達成させてもらいました。

──クラウドファンディングでは、300万円の支援が集まっていましたよね!

田中さん:そうなんです。全部で160名以上の方に支援していただきました。ありがたいことに、県外の方からも多く支援いただけて、お米や加工品などをリターンを手厚くできたので、最後の最後で滑り込み達成できました。

──これからクラウドファンディングやりたいという農家さんにアドバイスいただけますか?

田中さん:僕たちは、Makuakeというサイトでやらせてもらったんですけど、担当者さん曰く「選挙活動と一緒で、スタートダッシュが大切」ということみたいですね(笑)。僕たちは、本当滑り込み達成だったので、その点で言うとかなり苦労はありましたね。

──なるほど(笑)。とはいえ、達成おめでとうございます! クラウドファンディングのリターンにもあったカレー専用米「プリンセスかおり」はとても特徴的なお米ですよね。

田中さん:実は鳥取市って、人口比率でカレールーの消費量が日本一なんですよ。そこで鳥取県の農業試験場が「カレーの街として地域活性しよう!」と10年かけて開発した品種が「プリンセスかおり」なんです。3年くらい前に初めて試食させてもらったんですけど、ポップコーンのような香ばしさと、モチモチ感が特徴的なお米だなと思って。私たちが普段食べているお米とは明らかに違っていたので、田中農場の土と合わせたらもっと美味しくなるんじゃないか? と種を分けてもらって、10aほどテスト栽培してみたんです。そしたら本当驚くほど美味しくて。主力商品にしよう! と育て始めたのがきっかけです。

──他にないですからね! 今後どんどん人気になりそう。

田中さん:お米の新種って本当わずかな差で競っているんですけど、この「プリンセスかおり」はライバルが少ないのも強みです。お米自体も浸水時間が少なくても芯が残りにくかったり、早炊きでも十分美味しいし、無洗米としても使えるので、飲食店さんには「混雑時でもすぐ炊ける」と重宝されているんです。東京にあるカレー屋さんとか、カフェでも取り入れてもらえて、少しずつ広がっていく実感はありますね。ただ、一般の消費者さんにはまだまだ認知されていないので、今後はご家庭での消費を高めてもらえるようにマーケティングを強化していきたいと思っています。

  • ※クラウドファンディングで購入したドローン

  • ※クラウドファンディングでリターンでお届けしたカレー専用米「プリンセスかおり」

面積2倍、売り上げ4倍を目指して

※朝のミーティングの風景

現在、121haを22名の従業員で運営している。米の他に、豆類と白ネギを栽培しており、昨年から組織的に動けるようにと体制変更も行ったそうだ。地域の高齢化が進むなか、どんな農業をしていきたいか伺った。

──田中農場さんのブログには従業員さんが登場していますが、みなさんイキイキと働かれていますよね。

田中さん:ありがとうございます。現在22名(正社員:14名)の従業員と一緒に働いていますが、実は昨年9月から働き方を変えたんです。

──農業の「働き方改革」ですね!

田中さん:以前は、日曜日だけが休みでした。農業って、天候との勝負なので、できる時にやっておかないといけないという感覚がとても強くあって。でも、従業員ひとりひとりの人生を彩りあるものにするためには、休息はもちろんのこと、家族との時間も大切だと感じるようになったんです。そこで第2・4土曜日と祝日は休みにして、忙しい時期は休日出勤扱いで、代休をとってもらえるように変更しました。また、組織図も作って、統括主任の下に4名のリーダーをおいて、それぞれの判断で動いてもらえるようにしています。

──素晴らしい。なかなか「やろう」と思っても踏み切れない方がほとんどだと思います。

田中さん:やってしまえば、案外大丈夫だなと感じましたよ。今後は、生産性と社内幸福度を同時に高めていきながら、自分たちがやっている仕事への十分な対価を得られるように努めていきたいと思っています。最近、近くの大学にうちで育てた作物の成分分析をお願いしていて、一般的に流通しているお米と何が違うのか、美味しさの成分を解析してもらっているんです。

──エビデンスを取ることは重要ですよね。「美味しい」がしっかり広がって、従業員さんも消費者さんも豊かになれるのが大切ですよね。

田中さん:地域の農家さんも高齢化してきているのは事実なので、その依頼を受け止めながら20年30年後には今の2倍の経営面積に、でも売り上げは4倍になるほど美味しさを極めて単価の高い米を効率よく栽培して、本当に欲しい人に届けられるようにしたいと考えています。従業員の休みも今以上に確保できたらいいなと思いますね。

編集後記
田中農場では、毎年種から苗を作っている。国産堆肥づくりに、30センチ深耕、そしてポット苗と手間のかかることは全て「美味しい」に繋がっている。カレーに適したと言われている「プリンセスかおり」でカレーを食べてみた。浸水しなくても美味しく炊けることがさらに嬉しい。40年前から変わらず守られてきた「土」中心の稲作は、そう簡単に続けられることではない。当たり前のことのように軽やかに語る田中さんだが、守るだけでなくさらなる進化を探求する姿勢を今後も追いたいと感じた。

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