効率的な農地集約を目指して 本州最大級の農業生産法人のミライとは?

効率的な農地集約を目指して
本州最大級の農業生産法人のミライとは?

日本最大級の農業生産法人である、岩手県北上市の西部開発農産。全国から生産者が研修や視察に訪れても、施設から経営方針まで隠すことなくオープンにしてくれる。経営面積は約860ha(そのうち稲作は約315ha)で社員数は110名。大規模経営の難しさと楽しさを、代表である照井勝也さんに伺った。

照井 勝也|KATSUYA TERUI

1969年、岩手県生まれ。

1993年より父親が経営する株式会社西部開発農産に入社し、2012年に代表取締役に就任。学生時代から働いていた飲食店での経験を生かし、2017年には自社で育てたブランド黒毛和牛「きたかみ牛」を提供する直営店『焼肉ダイニング まるぎゅう』をオープン。農業経営規模はもちろん、安定した6次化事業への積極的な取組に、県内外からも注目されている。

大規模経営のカギは、集約化

農地の団地化・少しでも大きな圃場へ

奥羽山脈水系である和賀川の豊富な雪解け水を使い、315haほどの水稲栽培を行いながら、大豆(290ha)、飼料米(100ha)、小麦(150ha*二毛作)、蕎麦(160ha*二毛作)、牧草(50ha)畜産業まで幅広い農業事業を展開している。しかし、ここまで経営規模を拡大するには相当な苦労と葛藤があったという。

──西部開発農産として法人化されたのは1986年とのことですが、照井さんは幼い頃から「跡を継ぐ」という気持ちでいたのでしょうか?

 

照井 勝也さん(以下、照井さん):物心ついた頃から「長男だからな」とは言われていたので(笑)、「いずれ継ぐだろうな」と思いながら、飲食店の経験を経てから1993年に父親が代表(現在は会長)の西部開発農産に24歳で入社しました。

 

※北上市に3500枚の圃場が散在

 

照井さん:法人化された1986年は65ha程でした。「大規模経営を目指すぞ!」とやってきたわけではなく、離農する人から引き継いで行った結果、現在の経営規模になってしまった……という感じですね。父親は、幼い頃に「食べる」ことに大変苦労してきた世代ですから、耕作放棄地を放っておけなくて、依頼があったものは全て断らない姿勢で引き受けていました。

今でも「食」が必要不可欠なことに変わりはありませんが、単に空腹を満たすものから、それだけでなく美味しさや楽しさを与えるものに変わってきていると思うのです。

現在でも耕作放棄地については、基本的には「やります」と引き受けていますが、「食」の価値観も大きく変化し、高齢化による後継者不足に拍車がかかっているので、会社組織としてだけでなく地域全体の課題として取り組んでいかなくてはいけないと感じています。

 

──約30年で13倍以上に農地が拡大しているということですね。どのように農地を集約化していくのか課題になりそうですね。

 

照井さん:はい。農地の団地化に力を入れています。少しでも作業効率を上げるためには、広範囲で点在していた圃場を集約化できるように取り組んでいます。口で言うのは簡単ですが、これが大変で……。

私だけでできないので、北上市の農地中間管理機構にも協力してもらい、地域を絞りながら農地交換を行い、これまで何度か農地の集約化に取り組んできました。初めの頃は反対する方もいましたが、事例をつくることが大切で、段々と担い手同士が連携することできました。

 

──先祖代々続く農地を手放したくない、信頼できる人にやって欲しいなど思いの強い方もいらっしゃるのでしょうね。

 

照井さん:もちろん最後まで動かせなかった農地もあります。20年くらい前までは「土地」への思いが強い方が多かったですね。けれど最近では、「子供や孫に農地を残したくないから買って欲しい」という人の方が多くなってきたようにも思います。後継ぎがいないんですよね。時代が変わったなぁと感じます。

この「集約化」は、これからも進めていかなくてはならない大きな課題です。自分たちだけの問題ではなく、地域全体の課題として引き続き取り組んでいきたいと考えています。

 

──今後の農地の団地化の予定は?

 

照井さん:平成29年から開始をしてから良い事例ができたので、周りの生産者たちも協力してくれるようになりました。今年も地域を縛りながら順次団地化を進めて参ります。大規模経営で利益を確保するには、農地を効率化よくすることが一番なんです。

  • ※独自の整備工場

  • ※整備工場内

──また、大規模経営をする上で他社さんとは違った工夫があれば教えてください。

 

照井さん:よく驚かれるのが機械施設部という部を設けており、整備工場を独自で持っていることです。外国人の実習生制度を導入しており、毎年ベトナムから数名採用しています。3年で帰国をしてしまうのでメンバーは毎年入れ替わるのですが、常にリーダーが育ってくれているので、新人に仕事を教えてくれるところまで任せることができているんです。

「食」にこだわり、6次化と直販を強化

※西部開発農産の経営理念

照井さんの取り組みは「集約化」にとどまらない。6次化の強化、JGAPの取得など幅広い事業展開を行ってきた。いつも事業の中心にあるのは「食」へのこだわりだと語る

 

──2012年から代表を引き継いでいらっしゃいますが、特に力を入れたことはどんなことでしょうか?

 

照井さん:「直販の拡大」と、加工品などの「商品開発」に力を入れています。直販の拡大では、自分たちが育てたものを直売所で食べていただきたいという思いから2017年『焼肉ダイニング まるぎゅう』をオープンさせました。

 

──実際に飲食店をオープンさせるとは素晴らしいですね。

 

照井さん:もともと飲食店で働いていた経験があったからこそでしょうね。お客様から直接「美味しいね」と感想をいただけることも励みになっています。昨年は、コロナの影響もあり、春は売り上げが落ち込みましたが、秋から冬にかけてはお持ち帰りの需要も増え、実は昨年度よりも売り上げは高くなったんです。

 

 

6次化にはリスク分散できることや新しい市場にチャレンジできるなどたくさんのメリットがありますが、直営店・直販・商品開発と幅広く展開していくことで、新たな取引が生まれていくのです。「食全体」を通して経営できることこそが一番のメリットに感じています。

 

  • ※通販ショップ 

  • ※独自の配送センター

──これだけ幅広い事業を展開していくと人材も必要になってくると思うのですが、現在従業員さんは何名いらっしゃるのでしょうか?

 

照井さん:従業員は、正社員とパート合わせると110名ほどです。30代前半の人が多く、毎年新卒採用をしているのですが、2021年春には8名の社員が入社予定です。

※西部開発農産の集合写真

──本当にすごい大企業ですね!

 

照井さん:ありがとうございます。もしかしたら農業関係者には共感していただけるかもしれませんが、景気が悪い時って応募が増えるんですよね。新型コロナウイルスの影響で、イベント出展ができない中でしたが、これだけたくさんの方を採用できたのは嬉しいですね。

 

──興味深い! 従業員さんが多いとJGAP取得後の運用などは大変ではなかったですか?

 

照井さん:そうですね。担当者以外のスタッフに理解してもらうまでは、苦労も多かったです。でも、基本中の基本である整理整頓や、栽培管理の徹底ができるようになってくると職場全体が心地よい。その心地よさを理解してもらえたことで、「面倒だ」と言っていた人たちも習慣化できてしまうので、慣れてしまえば「取得して良かったね」と思えるようになりましたね。GAPは今後、当たり前のものになってくると思うので、早めに取得しておいて損はないと感じています。

 

1000haを目指しながら、従業員たちが「働いていて良かった」と思える組織に

※取材日は大雪でした

さまざまな取り組みを通じて、「食全体」を通して経営を伝えている照井さん。北上市の農業を守り、育てるためにどんなミライを描いているのか伺った。

──今後の目標を教えてください。

 

照井さん:現在、生産したお米の取引先は有難いことに行き先は決まっておりますが、直販の割合がまだ1割以下なので、もっと広げていきたいですね。

そのためには全ての生産コストをいかに下げるかが課題です。圃場の集約化はもちろんですが、作業効率がU Pするスマート農業にも力を入れていくところです。

 

──今よりもさらに規模拡大させるために、具体的な戦略をお聞かせください。

 

照井さん:そうですね、10年後には1000haを目指しています。昨年は、「令和2年 スマート農業実証プロジェクト」にも参画が決まり、パンフレットにも掲載してもらえたので、少しずつですが大規模農業にあったスマート農業を推し進めているところです。

 

──スマート農業もさまざまありますが、どのようなものを活用される予定でしょうか?

 

照井さん:大型トラクターの自動走行を活用することにより省力化・省人化を目指したいと考えています。他にもドローンや営農・生産管理システムを活用し収量アップを目指しています。2年間のプロジェクトなので、2021年の春から始動できるよう準備を進めているところです。

下記の写真は、昨年テスト運用した遠隔操作草刈機ですが、なかなか良かったんですよ。

※遠隔操作草刈機

農林水産省の資料ですが、2021年から2年間取組をする資料はコチラからご確認ください

ロボット技術・ICT利用による中山間地域における省力・高能率輪作体系の実証

 

──今から楽しみなことがたくさんありますね。

 

照井さん:そうですね。まずは社員が気持ちよく働いてくれるように環境を整えることが私の仕事ですが、この会社に働いていて「よかったな」と思ってもらえるような経営を進めていきたいですね。また、日本の食料自給率(2019年で38%)をもっと上げたいと思っている人が増えてきているので、そうなれば日本全体の農業がガラっと変わるような気がしています。弊社の強みは水稲から畑栽培、野菜、畜産、6次化、飲食などの幅広い事業を展開することです。「食べる」ことの大切さを社員とも共有しながら一歩ずつ歩んでいきたいと思っています。

 

 

Massey Ferguson 7624 トラクター

編集後記
この北上市地域は西部開発農産が存在していたことによって、耕作放棄地がない。発起人の照井さんが行政に掛け合い、農地の団地化したこの事例は未来への大きな一歩。生産者、行政、地域が連携すれば、地域が守り育む土地へと変化させられるのだと感じた。

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