「新しいお米の食文化」をつくる
お米の可能性は食用米だけじゃない!
食用でも、業務用でも、酒用でもない、新しいお米の活用方法を模索している生産者が福井県にいる。株式会社ペントフォーク代表の伊藤武範さんだ。彼が注目しているのは、「米粉」。近年、グルテンフリーやヴィーガン食の需要増加に伴い、米粉の需要も増えているという。今回は、新しいお米の可能性を探る伊藤さんにお話を伺った。
ITエンジニアから生産者へ
IT企業で働いていた伊藤さん。2016年、伊藤さんの新聞記事を見たアジチファームの代表から「会いたい」と問い合わせがあり、そこからの縁で翌年には代表取締役を任されるように。それまでの経緯を伺った。
──伊藤さんは農業経験者ではないと伺ったのですが、どのようにしてアジチファームの代表になられたのですか?
伊藤 武範さん(以下、伊藤さん):元々エンジニアとしてIT企業で働いていました。2008年から約5年間ベトナムに駐在していました。「いつか自分で事業を始めてみたい」と心のどこかでずっと思っていたので、帰国してから起業し、ベトナム向けの輸出、輸入の事業を立ち上げたのです。そんな頃に、たまたま自分の活動を地元の新聞に取り上げていただく機会がありまして、当時のアジチファームの先代社長からご連絡を頂いたのが2014年のこと。そして、気がついたら代表になっていました(笑)
──いやいや、そんな簡単に代表になれるものではないですが、どんな流れで代表になられたのでしょうか?
伊藤さん:本当にあっという間でした(笑)。
最初は先代社長から「海外でお米を生産したい」とご相談をいただきましたが、当初から生産・加工・販売に力を入れておられました。しかし、話を詳しく伺うとレストランの経営があまりうまくいっていないと実態を知らせれたのです。そこから、なんとなくコンサル的な感覚でお手伝いをすることになったのですが、まずは何かできることはないかと考え、イベントを開催することになったのです。
──伊藤さんの発案で行ったイベントとはなんですか?
ベトナム駐在している時に、フォーの美味しさに驚き、実は毎日食べておりました(笑)
「お米の麺、フォーって知ってますか?」なんて一言からイベント的にフォーの販売をすることになりました。するとこれが、大当たり! イベントをすればお客さんが数百人と来るようになって、単価の安いフォーを食べただけではなく、野菜やスイーツなどと合わせて購入してくれるようになり、結果としては客単価を上げることができるイベントとなったのです。
──そこからレストランをフォーの専門店にされたのですか?
はい。2016年コンサル的な役割でレストランをフォーの専門店に変更することに至ったのです。
その後も先代と一緒に酒を飲みながら「お前が代表になってくれ!」と言われるようになりました。
最初はずっと断っていたんですが、「二人で代表をやろう!」と言われOKを出した段階で、気がついたら代表は私一人になっておりました(笑)
──フォーに導かれたご縁ですね! ベトナム駐在の経験から、フォーのお店をつくるまでになったとはすごく面白い経緯なのですが、ベトナムのお米事情についても教えていただけますか?
伊藤さん:日本ってお米をたくさん食べている国に思われていますけど、世界的にみたらベトナムの方がたくさん食べられているってご存知ですか? 年間消費量で見てもベトナムが一人当たり約150キロに対して、日本は約50キロ。2015年に発表されている世界ランキングだとベトナム4位、日本50位なんです(※)。ベトナムでは炊飯として食べるだけじゃなく、フォーや米粉などお米の活用が盛んだなという印象がありました。
※【参考】2015年トリップアドバイザー「世界で一番おコメを食べているのはどこの国?」
──そんなに差があるんですね。日本だとお米以外にパンや蕎麦やラーメンなども食べますが確かに小麦ですもんね。アジチファームさんのフォーに使う麺は自家製麺でやられているのでしょうか?
実はイベント時に使っていた麺は、ベトナムから取り寄せた乾燥麺を使用していました。すると、ご近所の方から「アジチファームさんの麺って自家製じゃないらしいわよ」なんて言われちゃいまして(笑)。そこから自家製麺を作らなくてはならいと思い、ベトナムの友人にフォーにあう長粒種(インディカ米)の品種を教えてもらい、ベトナムと日本の農林水産省にも協力してもらいながら正規に2017年になんとか200グラム(約苗箱1つ分だけ)の栽培用の玄米を手に入れることができました。
──食物検査でなかなか簡単には輸入できないと思いますが、短時間でよく輸入できましたね。その取り寄せたインディカ米の特徴を教えてください。
伊藤さん:インディカ米は現地の人でも食用ではない、フォー専用のお米なんです。日本米よりも食物繊維、高アミロースが多く含まれており、低GIで健康効果が高いといわれています。また、インディカ米の長粒種というのは日本米とブレンドすることによって、ふっくらと仕上がるので、フォーはもちろんスイーツやパンにも最適な米粉になるんです。2018年からは自家製麺に切り替えてフォーも提供できるようになりました。
チームビルディングから始めた組織運営
2017年から本格的に農業をするようになった伊藤さん。右も左もわからないことも多かったが、サラリーマン時代の経験を活かし、組織作りに奮闘したそうだ。
──短期間で稲作の生産から加工までの経営を任された伊藤さんですが、異業種への転身となると、大変なことも多かったのではないでしょうか?
伊藤さん:234次産業はこれまでの経験で仕組みは知っていましたが、1次産業は全くの未経験でした。もちろん不安がないことはないですけど、それよりも「稲作は本当に面白いな」とか「ここではもっと業務改善できるな」と感じることの方が多かったんです。それに、234次産業では当たり前に行われている問題解決方法がなぜか1次産業では浸透していないことに疑問も感じていたんです。
──例えばどんなところに疑問を感じられましたか?
伊藤さん:関わらせてもらった当時は、朝礼で本日の予定をスタッフに指示するやり方でした。これでは日雇いのような業務指示方法だったので、かなり生産効率悪いことやっていると感じていました。 特に水稲栽培に関してはもっと計画的に取り組めると思ったので、まずは月間計画を作って、業務改善案を作って、全ての業務を「見える化」させて社員に徹底するところから始めました。自分も田植えをしながら工程を学び、圃場約70haを2ヶ月半掛けて田植えをしておりましたが、今では1ヶ月半で田植えを完了するように業務短縮をすることが実現できたのです。
──すごい! 確かに、サラリーマン時代に培ったプロジェクトマネージメントの技法を1次産業に落とし込める人はなかなかいないかもしれませんね。業務改善案といっても最初は反発も多かったのではないですか?
伊藤さん:もちろんありましたよ。最初は「よそもの」でしたから抵抗する人も多かったです。でも私自身も汗をかいて、従業員たちと一緒の目線で、現場で働きました。でも、フォーのイベントでお客様が大勢来店し、売上を上げる成功体験を感じてもらった時に少しずつ認めてもらうようになりました。今までよりも業務がしやすくなったという経験やチームビルディングを意識しながらやったことで、組織がうまく動くようになりましたね。
──農業でチームビルディングという言葉を使ってマネージメントをするところは少ないかもしれませんが、スタッフは変わりましたか。
伊藤さん:おかげさまでスタッフは大きく変わりました。チームが変わると優秀なメンバーたちが自然と集まってくることも実感しています。生産部門だけでなく、レストラン部門でも退職するアルバイトが多かったのですが今は定着するようになりました。会社の全てを「見える化」することで、自分たちで率先してアイディア出しをしながら業務を進めてくれるようになりました。今では任せられるようになってきたのでスタッフには感謝しています。
2027年までに「お米の新しい食文化」をつくりたい
アジチファームの代表になってから今年で4年目。これからの未来について伺った。
──今後の目標を教えてください。
伊藤さん:私の場合、10年単位で物事をよく考えるのですが、2017年から2027年までの目標でいうと「お米の新しい食文化をつくる」としています。アジチファームでも米粉を使ったパンやスイーツを販売していますが、近年グルテンフリー需要も増加してきているので、今がチャンスなんです。日本人ってお米文化と言いながら、パンもラーメンも小麦ばかり食べているなぁと思っていました。そんな小麦好きな日本人の胃袋をどうやって掴みにいくかを考えると、「炊いたご飯は美味しいけれど、それだけじゃだめだ」と感じたんです。
小麦が悪だとは思っていないですよ、ただ輸入小麦に頼っている分だけでも、日本で放棄されてしまった田んぼでインディカ米を栽培して美味しい米粉の栽培と加工・販売までつながるルートができれば、国内の食糧自給率向上にもつながるし、農地を守ることにもつながってくると思うんです。
──お米=ご飯・おにぎりだけという考え方から脱しないといけませんね。では、今後は加工や販売に力を入れていこうと考えているのでしょうか?
伊藤さん:現在、アジチファームでは、生産・加工・販売の全てを自社で行なっていますが、一番力を入れるべきなのは「生産」だと考えています。
アジチファームには加工工場施設(LAB)もあるのですが、そこだけでは全ての製麺や加工を賄えないので、今ではは製麺所にも製造をお願いする体制に変えました。アジチファームは加工工場を大きくするのではなく、加工はその専門工場へ委託し、限られた農地を守りながら生産量を増やしていくことに注力していきます。
また、国産インディカ米を使った米粉がもっと市場に広がり、美味しい国産米粉のパンや麺が開発され、輸入小麦に頼る必要がなく国内の米消費量の増加にも貢献できることを真剣に考えています。
──素晴らしいビジョンですね。他に現在取り組んでいることはありますか?
伊藤さん:今後の海外展開に向けて、グルテンフリー世界認証である『GFCO』の取得と、『FSSC22000』の認証を目指して取り組んでいるところです。グローバルギャップ(G-GAP)はすでに取得しましたが、今後のことを考えると国際標準の認証が絶対に必要になってくると思っています。
──そうですね、日本で余っているお米と言われておりますが、美味しいものに加工され、その技術が世界へ輸出されるなんて、お米の新しい未来を感じます。そんな伊藤さん、日本の稲作は今後どうなっていくと思いますか?
伊藤さん:個人的にはもうこれ以上、耕作放棄地を増やしたくないというのが本音です。水稲栽培は、野菜よりも天候にも左右されにくいので、他の生産者さんと比べると作りやすいと思います。
でも農地を守るために、とりあえず生産だけしていればいいってことはなくて、消費も一緒に増やしていかなければいけません。そのためにも「お米の新しい食文化」は最重要課題だと認識しています。今は、有機栽培にも興味があるので、農地を守りながらアカデミックな論理も身に着けて楽しく水稲栽培をしていきたいですね。
編集後記
アジチファームの米粉を使ったスイーツは、美味しさにこだわり、お米の成分の機能性を重視していた。伊藤さんが度々言われた『美味しくないと意味がない』『胃袋を掴む』という言葉は消費者側にも『あなたは何を食べていますか?』と問われているようにも感じた。
普段何気なく口にしているものがどこからきているのか、目に見えるようにしようと心がけるだけでも国内の食糧自給率は高められるはず。伊藤さんはアジチファームLABを研究所と呼んでいたが、今後も更なる新しいお米の付加価値の提案に期待したい。
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